火垂るの墓の最後が違う?ラストシーンをカットして変わった?

火垂るの墓の最後が違う?ラストシーンをカットして変わった?

 

スタジオジブリの映画「火垂るの墓」は、8月になると放送されるのが恒例となっています。

 

 

ネットが普及されていることもあって、火垂るの墓の内容に関するダイレクトな反応が見られるようになりました。

 

 

その中に、最も気になる反応が。

 

「テレビ放送版の火垂るの墓って、ラストシーンが変わったんじゃない?」

 

「火垂るの墓って前にも観たけど、最後がカットされてる?なんか昔観たのと違う」

 

 

この噂って、本当なのでしょうか?

 

また、ラストシーンに登場する神戸のビル群と夜景の意味って何なのでしょうか?

 

調べてみることにしました。

 

スポンサーリンク

火垂るの墓のラストが変わった?変更されているのは本当か

 

「火垂るの墓のラストシーンがカットされて変わった」

 

ツイッターを見ると、こういった意見がよく見られました。

 

 

以前火垂るの墓を観た人が、もう一度テレビで放送されているのを観てそう感じたのでしょう。

 

これって本当なのでしょうか?

 

 

彼らが言うには…

 

「清太が節子を荼毘に付したあと、神戸三宮駅で力尽きるラストシーンがカットされ変更されていた」

 

「清太と節子が神戸の夜景とビル群を見下ろすシーンで終わるように変わった」

 

「火垂るの墓のラストシーンがまるまるカットされていて違和感」

 

「ラストの駅シーンがなかった…どうして?」

 

とのことでした。

 

 

しかも一人やふたりではなく、かなり多くの人がツイッターなどで同じ意見を発していたので大勢の人が違和感を覚えていたものと思われます。

 

 

地上波テレビで放送される映画って、確かにカットされているシーンが多いんですよね。

 

 

放送時間内にまとめようとするためなのか?過激なシーンを観せないためか?映画館で公開されたままの全てを放送されているものは少ないのかも知れません。

 

 

こうした過去の例と照らしあわせて、「火垂るの墓もラストのシーンがカットされたのでは?」と思った人がいてもおかしくはありません。

 

 

ただ…

 

「火垂るの墓」のラストシーンに限っては、実はカットはされずに地上波でも放送されていたことをご存知でしょうか?

 

「火垂るの墓」ラストだと思っていたあのシーンは…

 

ラストシーンが変更された・変わった…という人は、口を揃えて以下のようなつぶやきをしていました。

 

 

「火垂るの墓のラストって、清太が神戸三宮駅で力尽きるシーンだったはずじゃ?」

 

 

実はこのシーン、火垂るの墓のオープニングで流れる場面なんです。

 

正しいオープニングの内容は、以下の通りです。

 

「昭和20年9月21日夜、僕はしんだ」という清太の語りとともに、神戸三宮駅構内の柱の前で力なく座っていた清太が倒れるシーンから物語は始まります。

 

力尽きた清太が持っていたドロップ缶が服の中から落ちるのを、駅員が見つけ…

 

駅員A「何やこれ」

 

駅員B「ほっとけほっとけ、捨てといたらええねん」

 

駅構内を掃除していた駅員がそれをゴミだと思い、ピッチャーの投球フォームで草むらへ投げ捨てます。

 

草むらへ落ちたドロップ缶の中から、節子の遺骨がこぼれ落ちます…

 

 

実際、あらためて火垂るの墓を観なおすまで誤解していた人もいたようです。

 

以下のようなつぶやきも確認できましたので、駅のシーンは冒頭であることは間違いないでしょう。

 

 

「火垂るの墓の冒頭で、駅員がドロップ缶を放り投げたときにドロップ缶の中から節子の遺骨が出てきたあとに、ホタルが浮かび上がって節子と清太が再会するシーンでボロ泣き」

 

「冒頭の駅員がドロップの入れ物投げたときに骨が出てくるところで、すでに涙が止まらない」

 

「火垂るの墓のオープニングだけでもう泣きそう」

 

「オープニングの部分をラストシーンだと勘違いしていた」

 

「火垂るの墓ってバッドオープニングから始まってバッドエンディングで終わるから、悲しみしかない…」

 

「あらためてDVD観て確認したら…ラストには駅のシーンがなかった。あったのは冒頭でした」

 

 

ラストシーンを観て変わった?とか変更された?と違和感を覚えた人は、もしかするとオープニングを観ずに途中から観始めた人だったのでは?と推測できます。

 

 

ネタバレになってしまいますが…

 

火垂るの墓の正しいラストシーンは、以下の通りです。

 

清太が節子を荼毘に付したあと、清太が制服姿の亡霊?に変わります。

 

 

ベンチに座っている制服姿の清太の元に、節子(亡霊?)が駆け寄り…

 

繁栄している神戸のビル群と夜景を見つめているところで、物語は終わります。

 

火垂るの墓ラストシーン、神戸のビル群と夜景の意味って?

 

火垂るの墓のラストで清太と節子のぼう霊?が見た神戸のビル群と夜景は、一体どういった意味を持っているのでしょうか?

 

 

火垂るの墓のラストを観ていた人の中には、戦後という時代に相応しくないビル群が急に現れたことで、戸惑いを隠せなかった人もいたようです。

 

 

「最後に出てくる高層ビルって、どういう意味?」

 

「火垂るの墓の最後、急にビルとか建ち出してたんやけど、なにあれ意味わからんww」

 

「あんな時代にビルが建ってるのって、おかしくね?w」

 

 

…といった意見が見られました。

 

 

昔のアニメというだけあってはっきりとした説明を作中ではしていないので、いろいろな解釈ができてしまいます。

 

 

戦後の急激な繁栄の下に、戦争が忘れ去られていくんじゃないかという不安を表現しているのか?

 

悲しい戦争を経験した年配の方やご先祖様がいるから、私達が生きている…といった意味なのか?

 

 

この演出の意図や意味を、はっきりと知りたがっている人たちが納得のゆくような答えは…

 

残念ながら、用意されていなかったようですね。

 

火垂るの墓の実写版(映画・ドラマ)キャストとアニメ声優一覧

 

スポンサーリンク


 

このエントリーをはてなブックマークに追加