西本願寺と東本願寺の違いとは

西本願寺と東本願寺の違いとは

 

西本願寺(正式名称:龍谷山本願寺)と東本願寺(正式名称:真宗本廟)。

 

共に京都府京都市下京区にある寺院で、どちらも京都駅から徒歩でも行ける距離にあるのです。

 

 

特に、観光目的や西本願寺のライトアップが目的で訪れる方が多いと思われますが…

 

なぜお互いこんな近くにあるのか、疑問に思ったかもしれません。

 

 

こちらの寺院に、何か違いってあるのでしょうか?

 

この記事では、西本願寺と東本願寺の違いを説明しています。

 

 

中には専門的なサイトもありますが、文字数も多く複雑な内容ですので…

 

時間をかけずに簡単に知りたい場合には、むしろこの記事が最適です。

 

このページの目次
  1. 東本願寺と西本願寺の違いとは?

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東本願寺と西本願寺の違いとは?

 

西本願寺と東本願寺は、京都の名所として人気があります。

 

どちらも本願寺ですので、違いは単純に東と西の差だけだと考えられがちですが、分かれているのはお家騒動が関係してきます。

 

 

龍谷山本願寺の住職であった顕如が亡くなった後に、跡継ぎ問題が発生しました。

 

 

ですが、遺言書に従う形で豊臣秀吉が顕如の三男・准如を住職として10年後に継がせるようにと、父亡き後に臨時的に住職の立場にあった長男の教如に知らせます。

 

 

長男の教如自身は、豊臣秀吉の申し出を受け入れる考えであったとされます。

 

ですが、教如側の周囲の者たちが納得しなかったため、豊臣秀吉によって教如諸共追放してしまいます。

 

 

その後、教如が徳川家康に接近して、1602年に建てられることになったのが東本願寺です。

 

元々存在した龍谷山本願寺が、西本願寺に該当します。

 

 

それぞれの特徴を見ていきます。

 

 

通称「お西さん」とも呼ばれ親しまれている西本願寺の宗派は、「浄土真宗本願寺派」です。

 

1591年に豊臣秀吉の計画によって寺院を作ることが決まり、1592年に完成したのが阿弥陀堂と御影堂です。

 

 

1592年は、顕如が亡くなった年でもあります。

 

国の史跡の他、世界遺産にもなっています。

 

 

日本で最も古い能舞台である、北能舞台が存在します。

 

参拝は無料で誰でも可能ですが、帰敬式や初参式は有料となります。

 

 

通称「お東さん」とも呼ばれ親しまれている東本願寺の宗派は、「真宗大谷派」です。

 

1602年に徳川家康から土地を寄付してもらう形で建設が始まり、翌年の1603年に阿弥陀堂が完成しています。

 

 

阿弥陀堂は木造建築物としては、世界で最大の面積を誇っています。

 

1641年に徳川家光が寄付した別邸の渉成園が、徒歩で5分ほど離れた場所に存在します。

 

 

こちらも、参拝料は無料です。

 

帰敬式や真宗本廟収骨については、有料になります。

 

 

元々同じ寺院で浄土真宗ですから、宗教的な部分についての大きな違いは見られません。

 

しかし、細かな部分を見ていくと異なる部分があるのも事実です。

 

 

南無阿弥陀仏とお経を唱えますが…

 

西本願寺では、ナモアミダブツと発音します。

 

東本願寺だと、ナムアミダブツと発音するのが特徴です。

 

 

他では、阿弥陀如来の見た目が違ってきます。

 

 

阿弥陀如来の後ろ側に後光が描かれていますが、この後光の本数が微妙に異なります。

 

 

西本願寺のほうが、本数が多めに描かれています。

 

本数が多いために、1本の後光の線が細めです。

 

 

東本願寺の後光はそれよりも少なく描かれているため、1本の後光の線が太めに見えます。

 

 

発音と後光の本数が、主な違いになります。

 

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