真田丸・丸馬出しとは?特徴は

真田丸・丸馬出しとは?特徴は

NHK大河ドラマ「真田丸」の放送開始が近づいています。

 

 

真田丸というタイトルは、主人公・真田信繁(通称:真田幸村)が大坂城に築城した出城の名称からとられたものです。

 

 

真田丸とはかつて真田信繁(真田幸村)が築城し実在した出城の名前で、「出城」とは要塞のことです。

 

 

NHK大河ドラマ効果もあり、はやくも真田丸跡へ観光客が続々と訪れているのだとか。

 

 

この出城は、武田家の城に多く見られる「丸馬出し」という特徴をヒントに作られたと言われています。

 

「丸馬出し」とは、一体何なのでしょうか?

 

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大坂冬の陣に向けて築城された「真田丸」とは

 

真田信繁(真田幸村)が活躍した戦といえば、大阪冬の陣・真田丸の戦いが代表的です。

 

この戦において真田丸を利用した戦術に、注目が集まっています。

 

 

真田丸とは、大坂冬の陣の際に大坂城の南側に築城された出城です

 

大阪城の南側や惣構えといった、城の1番外側の堀があった場所から突き出すように造られました。

 

 

当時の大坂城の北側・西側・東側は淀川や大和川などが天然の堀の役割を果たしていたおかげで、大軍が攻め込むには困難な作りでした。

 

ただ南側だけは地続きになっていて、唯一敵側の大軍に陣を張られるスペースが残されてしまっていたのが弱点でした。

 

 

その弱点を補うために築城されたのが、真田丸だったのです。

 

この真田丸、一体どういった形状や特徴を持っていたのでしょうか?

 

真田丸の特徴「丸馬出し」とは?特徴は

 

真田丸は、信繁の父・昌幸が仕えていた武田家が得意とする武田流築城術を取り入れたものです。

 

 

「丸馬出し」という、防御力が高く反撃に向いた拠点であることが特徴です。

 

「馬出し」とは、虎口(城の出入口)の守りを固めるために外側に土塁や石垣を積んだ曲輪(くるわ)を築いたもの。

 

 

「丸馬出し」とは、曲輪の形が半円形状になっているものを指します。

 

その後方に城への通路を、そして両サイドに出撃口を設けてあります。

 

 

つまり、半円の曲輪によって真正面からの攻撃を防ぐことができるのです。

 

 

城へ攻め込むには、両サイドの入り口に向かわなければなりません。

 

その際、豊臣軍からは丸馬出しの中と本城の城壁の両サイドから銃撃できるような仕組みになっています。

 

 

このように城の虎口に入ろうとする敵に対して側面から銃撃できるようになっているため、徳川軍はうかつに進入することはできません。

 

 

真田信繁(真田幸村)はこの真田丸にこもり、大勢の徳川軍を討ち取りました。

 

大坂冬の陣の徳川勢の被った損害のほとんどが、真田丸での攻防が原因であったとされています。

 

 

武田信玄の下で成長した、真田昌幸。

 

その昌幸から信繁へと受け継がれた武田流築城術の丸馬出しは、真田丸と名前を変えて徳川家康をおおいに苦戦させたのでした。

 

まとめ

 

・NHK大河ドラマ「真田丸」というタイトルは、真田信繁(通称:真田幸村)が大坂城南側に築城した出城の名称からとったもの。

 

・真田丸の形状には「丸馬出し」という特徴があり、もともとは武田家の城に多く見かける特徴だった。

 

・丸馬出しとは、虎口(城の出入口)の外側に半円形の曲輪(くるわ)を築き守備力を上げたものを指す。

 

・真田丸での戦いが原因で、徳川軍は大損害を受けたと言われている。

 

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